インドネシアの昔話を求めて (一)~(二)



                                                          (一) 

1987年、7月23日、11歳になる息子の仁と9歳になる娘の邦子を連れて

インドネシア・ヌサテンガラ諸島に伝わる民話を聞き歩く旅に出た。

 交通機関の時刻表すら無い無茶苦茶な旅であった。

 バリ島に2泊した後、取り敢えずスンバワ島に向かう事にした。

 国内線の空港に入ると、布袋をぶら下げた人、何匹ものハムスターをぎゅうぎゅう押し込んだ竹籠を足下に置いて立ち話をしている人、紐でぐるぐる巻きした段ボール箱を担いで入ってくる人などでごった返していた。

 私達親子がカウンター前に立つと、人々の視線が一斉に此方に向けられた。

 一瞬ぎょっとした。垢抜けした南国調の国際空港の中を行き交う陽気でファッショナブルな人々とは打って変わって、暗く汗臭い人々の目が、連なって私達親子の頭のてっぺんからつま先まで舐め回した。

 バリ島を訪れる観光客は大勢いるが、ここから国内線で島々に渡る外国人は少ないからであろう。何しに、しかも子連れで何処へ行くのか興味津々なのだ。

「お母さん、何だか怖いよ」

邦子が私のシャツを引っ張りながらささやいた。仁はどうだろうとこっそりとうかがうと、入り口近くの手摺りに妙におとなしくもたれかかっていた。

 やはり子供を連れて来るのは無理だったのだろうか?

私は胸の奥から突き上げてくる不安を感じながら邦子に向かって、日本人が金髪の外国人をジロジロ見るのと一緒で、ただ珍しいと思っているだけだと説明し、大人の胸ほどまである高いカウンターの上に無造作に投げ出されているノートに目を移した。

 予約の書き込まれたノートは、人の汗と手垢でボサボサに膨れ上がっていた。その奥で、無表情の職員が忙しなくボールペンを走らせたりタイプを打ったりしていた。

 しばらく待たされた後、2階の待合室へ行くように指示され、そこでもまた暫く待たねばならなかった。

空港内まで見送りに来てくれた友人の幸子とサリはそばでしきりに、子供の身体を心配してくれていた。バリ島に置いていった方がいいとまで言うのである。しかし、子供が承知するわけがない。私だって嫌だ。少々しんどくとも我が身に括りつけて連れていった方がずっといい。ともかく、スンバワ島で1回、飛行機を乗り継ぐティモール島で1回、電話なり電報なりで無事かどうかを知らせる事にした。

    

                                        

            (二)

 24、5人乗りの飛行機は満席だった。

 1万3千余りの島々からなるインドネシアは、必然的に飛行機による交通網が発達し、

物のあふれる都会の島、バリ島を中心に物と人間が行き来しているのである。

 幸子は、

「小さい飛行機がよく落ちるんだよ」

と笑いながら言っていた。

離陸し上昇するに従い、その言葉が決して現実離れしたものではないと気付いた。

 マッチ箱のような機体は気流に流されて山のてっぺん辺りでぶつかって分解しそうだし、上空に上がって平らに飛んでも、ブルンブルンというエンジン音に交じって、ブルブルと振動が伝わってくる。

 ああ、ここで落ちたら、いくらメモを残したところで見つけ出せないだろう。海に落ちたら紙なんぞ溶けてしまうし、ジャングルに落ちたら発見されずに紙も体も朽ち果てておしまいだ。

 私は前の座席をぎっしりと掴み、足を踏ん張りながらそんな事を思った。

 30分ほど経っただろうか、眼下にポッカリと緑色の島が見えてきた。ロンボック島である。飛行機はゆっくりと旋回し、やがて荒っぽく急降下を始めた。

 ここで乗客の3分の2ほど降りた。狭い上に満席で息苦しかった機内が、それで幾らか楽になったような気がした。

 通路を挟んで反対側の窓際に、がっしりとした赤シャツの男が丸いチョコレート菓子をポンポンと投げるように頬張りながらチラッチラッと私達親子の方を見ている。チンピラ風の如何にも怖そうな男だ。顔もでかいがパーツもでかい。

 男は私と視線が合うと、慌ててぎごちない笑みを作り、それから話しかけてきた。

 しかし、飛行機音と機内の震動で何を言っているのかさっぱり聞こえない。

「何ですかッ!」

 私は噛みつかんばかりに目をつり上げ、大声を張り上げて訊いた。

 すると男は、通路際まで体をくねらせて伸ばし、

「何処までいくんですかッ?」

 やはり大声を張り上げて、しかし如何にも優しそうに訊いてきた。

 かなり馬鹿でかい声だ。

「スンバワブサールです」

「何しに?」

「話、いや、あのう、昔話を聞きに」

「ふううん、そうか」

 男は私が昔話と言うと、幾らか拍子抜けしたように頷いた。

「俺、話の出来る奴知ってる」

 ポツンと言った。

 思わず顔が火照った。この願ってもないチャンスを逃す手は無い。

私は赤シャツの隣に座った。赤シャツはチョコレート菓子をポンポンと頬張る手を止めて、その箱を私の目の前に、食え、と言わんばかりに突き出した。

「泊まる所は?」

「まだ決まってないんです。ロスメン(安宿)、あるんでしょう?」

 突き出された菓子を一つ摘まみながら私がそう訊くと、赤シャツは、俺の家にとまれ。俺はアレックスと言って、真珠の養殖会社で働いている。俺にも子供がいるから、イブ(ミセス)のところの子供と遊べていい。俺の処に泊まれ、と言う。しかし、泊まれと言われたって、二、三分前に知り合ったばかりの、しかも男の家にホイキタと泊まれる訳にはいかない。こぶ付きで売られるかも知れない。

 その時だった。

「日本の方ですか?」

 前の方から日本語で声がした。見ると、飛行機の激しい揺れをくぐるように座席に掴まりながら比較的若い男が近づいて来た。

 かなり日焼けしているが日本人だ。半時前までは、日本人を見ても何とも感じなかったが、無鉄砲に異国の地に跳び込んで来た精か、日本人と知ると異常なほどに親近感を覚えた。

 私は立て板に水の如く喋りまくった。今思い出すと可笑しくなるが、支離滅裂な話を、しかも一方的に喋りまくった気がする。

 その日本人Kさんは呆気にとられた顔で、アレックスとは日本とインドネシアがジョイントベンチャーでやっている真珠の養殖会社で一緒に働いているんです。いつも彼の家に泊まっていますから大丈夫ですよ、と言った。

 私は真面目そうなKさんの目を見て、どうせ跳び込むなら、普通のインドネシア人の家庭のほうがより此処の様子がわかるだろうと思い、世話になる事にした。

 アレックスは大柄な顔を満面ほころばせて、

「俺の家には子供が四人いる。十歳と八歳と七歳と生まれたばかりだ。一番目と二番目が女で、三番目と四番目が男だ。家は普通で金持ちじゃない。だけど、ここの連中はみんな俺の事を知っている。みんな友達だ。イブ(ミセス)が探している昔話、俺が手伝ってやる。任せときな」

 そう言ってポンポンと胸を叩いて見せた。

 いつしか飛行機の恐怖を忘れていた。しばらくするとアレックスが眼下を指さした。

「ほら、もうスンバワだ」

 島は緑色ではなかった。

 インドネシアは熱帯雨林気候に属し、年中緑に覆われていると常識的に想像していた私は、その赤茶けた山肌にポツポツと生えている灌木の風景が意外だった。

 降り立った空港は如何にもローカル風で、セイタカアワダチ草が乾いた風に吹かれてゆったりとなびいていた。

 アレックスが仁と邦子に近づき、振り返って私に二人の名前を訊いた。それからジン、ジン、ニコ、ニコ、と何度も繰り返して、1本のコーラの缶を小さい方の邦子に差し出した。ニコとは邦子の呼び名である。