
地図で見ると、スンバワ島の北にダチョウの頭のような格好をした島、モヨ島である。
アレックスの話では、二つぐらい村があり、野ブタや牛、鹿、様々な美しい鳥、そして大蛇までいるという。
私が
「昔話はあるの?」
と、訊いたら、奥さんと二人でゲラゲラ笑いながらアレックスは両手で大蛇の口を作り、
「クワレルゾー」
と脅かした。
この近辺の島々に関して全くの予備知識のない私は、またも蚊の多い湿地帯を想像して、真面目にマラリヤや得体の知れない皮膚病の心配をしていた。しかし、昔話はきっとあると断言するアレックスの言葉が、どうにもならないほど凄まじい勢いで私の心をモヨ島へと駆り立てたのである。
あくる日、朝早いうちにアレックスと私たち親子、それにモヨ島の案内役となったハンサムな青年とで、ムルトカリ川の河口へトラックで向かうことになった。
その日アレックスは仕事で空けられず、代わり近所の青年に私たち親子の案内を頼んでくれたのである。
ここでは、子どもがただ幼いという理由だけで、王様のような扱いをされることがないようだ。古い宮殿へ行った時もそうだったが、決まって私は前のフカフカした座席に、子どもたちは後ろの荷台に、しかも運転席の後ろの金網にへばりついて乗る羽目になる。
「トラックなんて乗ったことがないんです。落ちるんじゃない?」
仁はともかく、邦子は小さいし、ビュンビュン飛ばされでもしたらたまったもんじゃない。
私は自分だけが前の座席に座る後ろめたさと心配で、幾分きつい口調でアレックスに詰め寄った。ところが、アレックスもハンサムな青年も、私の心配を笑い飛ばし、仁と邦子を軽々と両手で持ち上げて荷台に乗せてしまったのである。
子どもたちは私の心配をよそに、高い荷台の上で小躍りして騒いでいる。
なるようにしかならない。もともと無鉄砲で不安だらけの旅じゃないか。起こってもいないことを、ああなるんじゃないか、こうなるんじゃないか、と気を揉んで見たところで仕方がない。
そう思い返して、私は前の座席に座った。
出発してまもなく、恐れていた不安が現実的な恐怖となって襲ってきた。
たいがいのインドネシア人は、いったんハンドルを握るとやたら飛ばしたがるものだが、アレックスは半端でなかった。
発進するやいなやカーステレオのボリウムを目一杯上げ、音楽をがなり立てながらガンガン飛ばす。
道路ぎわに立ち並ぶ椰子の木々や家々が、ゆったりと眺められることもなく後方へ一瞬に消えていった。
前を横切る黒い牛の群れは、なり響くクラクションに追い立てられ田んぼの中へ転がり込んでいった。
人間様にでさえ容赦はしない。
通行人は、慌てふためいて道端に飛び退いた。遠ざかっていくトラックをいつまでも恨めしそうに眺めているのが埃だらけのサイドミラーに写って見えた。
私はたまらなくなって、
「飛ばさないで!」
と、これまでに無いかなりきつい口調で言った。
しかし、アレックスは、
「ハハハハハ、怖いか。俺、スンバワブサールでモトクロスのチャンピオン。心配無い。それに、俺には魔力があるんだ。奥さん、信じるかい?」
「えぇ、まあ」
私は引きつった声で返事をしながら横目で、眉毛のあたりが岩石のように盛り上がっているアレックスの顔をまじまじと眺めた。それはいかにも強そうで、怒りをたぎらせたシュワルツェネッガーのように思えた。
「この間も、この車でひっくり返ったよ。肋骨三本折っちまった。けど、もう治った、魔力でな」
平然と、鳴り響く音楽を凌ぐ大声を張り上げて喋っている。スピードは依然として落とす気配がない。
このまま突っ走る気だ。
私は半ば命を落としたような気分になって、しがみつくように取っ手を両手で握りしめていた。
しかし、アレックスの言う魔力をまんざら信じていないわけではなかった。日本にいると、そんなものはチャンチャラ可笑しくてその場で笑い話にしてしまうのだが、この国に来ると、なぜか信じさせる何かが私の中で生まれる。それはここに漆黒の闇が存在しているからか、それともコンクリート固められた死の街に住む人間にはもはや持ち得ない、研ぎ澄まされた、人を吸い込むようなここの人たちの目のせいなのか、自分でもよく分からない。
ともかく、この旅が終わるまで、この魔力に悩まされることになろうとは、この時は全く気づいていなかったのである。
「奥さん、オノヨーコ、知ってる?」
私が頷くと、アレックスは埃だらけのジョンレノンのテープを取り出してセットした。
背一杯もてなしてくれているつもりなのだ。
そう思うと、
(この国に来て、この人のトラックに乗せて貰っているのだから、今は運命を共にするしかない)
そう自分に言い聞かせていた。
ムルトカリ川の河口は、ちょっとした街並みになっていた。
北西に向かう海岸線と船着場へ続く道との分かれ目に、アレックスの母親の家があった。そこで私たち親子が一休みしている間に、ハンサムな青年が、舟の調達をすると言う段取りを組んでくれていた。
家は無論平屋で、いくらか高床式に建てられあった。
入ってすぐに八畳間ほどの部屋があった。その奥にもうひとつ、寝室兼台所があるようだった。
家具らしいものは数脚の椅子とテーブルしかない、ガランとした粗末な部屋の奥から七十近い白髪で痩せ細った老婆が顔を出した。
「母さん、日本から来た奥さんと子供、ニコとジンだよ。昔話を聞きに来たんだ」
綺麗な人だと思った。粗末な家にたった一人で住み、貧弱な服を纏っているにもかかわらず、どことなく気品にあふれていた。
この社会では老人が疎外されることがないからだろうか。
確かに、まだ若い者たちにとって老人とは長い経験を持ち、暮らしの中で脈々と生きている慣習を手解きしてくれる“師”なのである。したがって、社会の中で確固たる存在価値のある年寄りは、ただ年をとったからといって惨めな思いをすることはないのだろう。
あれほど無茶苦茶に車を飛ばしていた活火山のようなアレックスも、母親の前では借りて来た猫のようにおとなしくなっていた。思わず吹き出しそうになるのを堪えて、昔話を知っている人を知りませんか、と老婆に切り出してみた。
「あたしだって知っとる。これは本当の話じゃ。あたしが子どもだった頃、ここの近くに白い血の王様が住んどった・・・・・・」
老婆は生真面目に言った。私は信じられず、つい、
「ほんと?」
と、訊き返した。
すると、アレックスがいきなり、馬鹿でかい声を張り上げて、
「お袋が言っていることは本当だ。丘の上にその王様の墓がある。モヨ島から帰ったら連れて行ってやる。鳥がその墓の上を飛ぶと、ストーンと落ちてしまうんだ」
真顔で、しかもムキになって言った。
「あたしゃ見たんだ。王様が手を切って白い血を出して見せてくれたのをね」
老婆はいくらか興奮して、右の人差し指で左の手首を切る真似をした。
墓石は強い放射能を出すラジウムを含んだ石で作られているのだろうか。それにしても、白い血と言うのはどういうことなのだろうか。まあいい、後でその飛ぶ鳥を落とす墓とやらへ案内してもらおう。
私は立ち上がって、ハンサムな青年が舟の調達に行った船着場へ続く白く乾ききった道を眺めた。
太陽がジリジリと照りつける地表を、時折熱い風が撫でていく。
三十分というと、想像以上に長い時間だったりする。おそらく彼も、浜辺にべったりと座り込んで世間話でもしているのだろう。
小一時間経っても、舟に乗れる気配はいっこうになかった。
私は次第に落ち着かなくなった。もしかしたら、このままこうして一日が過ぎてしまうのではないか。そう思うと、居ても立って居られなくなり、
「浜辺へ行ってみよう」
と、アレックスを強引に誘った。
浜辺では、顔を白く塗った数人の女たちが、椰子の木陰で楽しげにお喋りをしていた。
顔を白く塗っているのは呪いだろうと自信を持って聞いてみたら、美容のために水で溶いた米の粉パックしているのだという。
女たちの美への欲望は限りないものがある。
もしかしたら驚異的な効果があるのかもしれない。
楽しげなる彼女たちを見ていると、そんな気になった。
その数メートル先で、二、三人の男たちが、ああだこうだと言いながら舟のモーターをいじくりまわしていた。
てっきり故障して動かないのだろうと思って近づいてみると、
「エンジンをかけてみたらガソリンがないんだ。若いのが買いに行っているよ」
と、飄々と言う。さらに、
「なあに、プルタミナはすぐそこだ。でっかいタンクにたっぷりあるんだ。すぐに買ってくるさ」
返す言葉がなかった。唖然とした。
そんな私を気にもかけず、彼らはまたエンジンをいじくり出した。
「ここをこうやると、こうなるんだ」
「ああ、そうか。こうなるのか」
何のことはない。舟の持ち主がそこにいた男たちにモーターの自慢をしていたのである。その雰囲気から、舟代だって、ガソリン代だって払ってあるのに、これじゃ何時になったら出発できるかわからないじゃないか、と詰め寄ったところで無駄だとわかっていた。
仕方なく、頃合いを見計らって一旦、老婆の家まで引き上げることにした。
老婆の家の近くまで戻ってくると、近所の子どもが大声で、
「日本人、日本人がいるよ」
と、叫びながら駆け寄って来た。どうやら仁や邦子のことではなさそうである。
しかし、ここまでやって来るような日本人は、ただの観光客ではない筈だ。一体、何をしている人なのだろうか。
老婆の家の前は、人だかりができていた。
その真ん中に、白い服の仁と邦子が入り口の柱に両手を掛けて、退屈そうに体を揺らしている。
「奥さん、日本人、あそこ」
先ほど駆け寄って来た子どもが、ハアハアと息を切らしながら人だかりから少し離れて立っている男を指さした。
男は年の頃五十二、三で、痩せこけた顔に掛けた眼鏡がゆるく垂れ下がり、いかにもみすぼらしかった。
「あのう、日本の方ですか?」
私の方から近づいて行って、声をかけた。
「ええ・・・・奥の宿屋で寝ていたら、表があんまり騒がしいもんで・・・・日本人の子どもがいるって大騒ぎしているから、見に来たんですよ・・・・」
男は蚊の鳴くような声で、途切れ途切れにもそもそと喋った。喋りながら時折、灰の長くなった煙草を口に加える。その度に、よれよれのシャツにあいた穴が私の目の前でちらついた。
「これから何処へ?」
「別にこれといって・・・ぶらぶらと」
初めはここの人たちに気を遣ってインドネシア語で喋っていたが、そのうち、この男、I氏は、堰を切ったように日本語でペラペラと喋りだした。
「わたしゃ、若い時に日本を飛び出して、女房をもらってから暫くは日本で暮らしていたんですが、女房が死んじまったら又舞い戻って来たんですよ。日本は好きなんですが・・・私には居場所がなくって。今タイに住んでいるんですが、時々こうしてインドネシアにくるんです。何か面白い物がないかと思ってね。コーヒーはやっぱり、トラジャですよ。何と言っても豆がいい・・・・」
異国の地で同国人に遭うと誰しもこうなるものなのだろうか。まるで十年来の友人とばったり出くわしたかのように、I氏の話はとめどもなかった。
要するにI氏は、一旗組で、自分の生き方を支えている“夢”にしがみついてさまよっている日本人だった。根拠もない優越感に浸っている人間には、I氏はただの風来坊にしか映らないかもしれない。しかし私は彼が哀れに思えて仕方がなかった。
私にとって現実世界でインドネシアに目を向けることは、駆け込み寺に逃れるようなものであった。
へたばってしまいそうな現実に直面すると、ああ、私にはインドネシアでやりたいことがあるなどと、とりあえず自分に言い訳をして逃げて来た。
精神錯乱を回避するにはうまいやり方だと思っているが、それにしがみついて生きるしか能の無い自分は、なんて軟弱なのだろうと思っている。
目的こそ違いど精神面では自分そっくりであるI氏を目の当たりにすると、情けなさより哀れさ先にたった。そして、
「モヨ島までご一緒しませんか?いや、舟代はいいんです。私がもちますから」
思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
ところがある。
アレックスは途端に不機嫌になった。
「あんな風来坊、信用しないほうがいい」
と、しきりに耳打ちする。
私はアレックスの忠告を無視し、邦子の手を引いて、舟の準備が出来たと言って北ハンサムな青年について浜辺へ向かった。
灰のようにポカポカに乾ききった土が、ゴム草履をつっかけた足にへばりつき、足はみるみるうちに粉をふいた干し柿のようになった。
I氏はアレックスの険悪な顔色を察知してか、群れから外れてしょぼしょぼとついて来た。
舟は子どもがギリギリ二人並んで座れるほどの幅で、長さは三メートル足らずだが、安定よく、両方の船べりから二本ずつ、直角に伸ばした竹の棒と、平行に伸ばした竹の棒とが結わかれて舟につけられてあった。
I氏がまず、舟にあった使い古されたビニール製のテーブルクロスを肩のあたりからぐるぐると体に巻きつけ、舳先近くに座り込んだ。これでモーターが勢いよく作る水しぶきを避けるのだそうだ。
I氏の次は仁、そして邦子、邦子は伸ばした私の両足の間に座らせ、ハンサムな青年と船主は、船尾についている柱につかまったまま立っていた。
出発してしばらくすると、エメラルドグリーンの海がどこまでも広がっていた。
太陽の光線が小波に当たってキラキラと輝き、時折、それをかいくぐってトビウオが戯れるように姿を見せる。水族館の魚からは想像が出来ない美しい光景である。のんびりと、しかも生き生きと、生きものが全てそれらしく生きている。
舟は単調なモーター音を響かせながらスンバワ島沿いを進んで行った。
スンバワの昔話に出てくる涙岬(タンジュン ムナンギス)でちょっと泊まってもらって、じっくりと眺めて見た。
仰ぐと、一瞬、押しつぶされそうな岩壁が切り立っている。海は透明で、色とりどりの珊瑚がすぐそこにあるかのように見える。
私は思いっきり身を乗り出して、片手を水の中へ突っ込んでみた。
古い宮殿の番人が語ってくれた涙岬の話は、スンバワの人なら誰でも知っている最もポピュラーな昔話である。
私が何のためにこの国にやって来て、何故ここで止まってもらったかを十分に承知している船主とハンサムな青年は、私の行動の意味をとっさに読みっとって、
「奥さん、ダメダメ。この海は浅そうに見えても深いんだ。飛び込んだら
死んじゃうよ」
と、言った。
やはり、話の最後、爺様が海へ飛び込んで若者に変身する部分は、実際には爺様は死んでしまったのかもしれない。そんな気がした。
出発してから二時間後、つい、うとうとしていると、まるで牧場の看板のように、二本の門柱のてっぺんに弓形の板でつなぎ、その真ん中に鹿の角を飾った白い門があった。
板には、ようこそアジ村へ、と雑な字で書かれてある。
その奥から、白シャツに半ズボンを無造作にはいた少年が転がるように駆け寄って来た。少年はそうすることが決まっているのだろう、やって来た舟を浜辺に押し上げるのを手際よく手伝っている。
私は仁と邦子を揺り起こし、陸へ続く遠浅の海をのぼった。
人の住む水際だというのに、ため息が漏れるほど水が澄んでいて、小さな魚が小忙しく泳いでいる。
門をくぐると、一本の大きなガジュマルの木があった。
木の間から高床式の家が数軒見える。
右手の小屋の前では、腰にサロンを巻いた女たちが、月でうさぎが餅つきをしている絵に描かれている杵で、米つきをしている。その側で、こぼれた米つぶを鶏がついばんでいる。
よそ者の到来に気づかない村は、しばし、ゆったりとした空気に包まれているようだった。ただ、犬より大きめの黒豚が数頭、あっけにとられた顔でこちらをみていた。
やがてどこでどう気づいたのか、小太りであご髭を生やした三十過ぎの男が、ぬうっと、満面の笑みで姿を現した。
そのうち、子どもが集まって来た。上半身が裸だったり、着ている意味がないほど窮屈なシャツを、前をはだけて着ている、そんな子どもばかりだった。無論、靴などはいていない。裸足である。
ハンサムな青年がここに来た目的をあご髭の男に言うと、子どもの一人が高床式の家へすっ飛んで行った。
間も無く、どの家からも、男たちがボロボロとこぼれるように先を争って下りて来た。そして、わき目もふらず右手の小屋に飛び込み、立派な籐椅子をわらわらと運び出し、ガジュマルの木の下に二列に並べ出した。
前列は空け、後列は木の幹を背に、門に近い椅子を一つ空けて、比較的年をとった男から順番に座り、椅子に座れない男たちは、その後ろに立った。
どうも客を迎える時の手順らしい。
私たち一行も、ハンサムな青年に促されるまま空いている前列に、島の男たちと向かい合うように腰を下ろした。
すると、男たちは一様に、ニヤニヤしながら待ってましたとばかりに私たち親子の一挙一動を、あたかも愛嬌のある珍獣を見るように眺めだしたのである。
それにひきかえ女たちは、顔色ひとつ変えないで、振り向きもせず、相変わらず杵をついている。
何とも不思議な村である。
見られることはある種の快感があるなどとテレビで喋っていたファッションデザイナーがいたが、ここに連れて来て座らせたらどんなものだろう。五分もじっとしていられず、綺麗に結った髪を掻きむしって逃げ出すに違いない。我慢強さでは定評のある私でさえ、三十分と持たずにイライラして、ついついI氏をつついてしまったのだ。
「いつまでこうしているんでしょう?」
すると、空いた椅子の隣に座っていたこの村では年寄りの部類に入る男が、まるで私の喋った日本語を理解しかのごとく、
「今、村長が来ます」
と、首を伸ばして小声で言った。
それにならって、他の男たちもニヤニヤしながら同意するようにうなずいている。
「連中は外国の子どもが珍しいんですよ。初めてらしいから。ねぇ、ボク、この地球上で、この島に来た外国人の子どもは君たちが初めてだって。すごいなぁ」
I氏が事も無げに言った。
この時、初対面の印象とは打って変わって、I氏がこの上なく頼もしく感じられ、誘ってよかったと思った。
やがて、マンディ(水浴)を済ませ、めかしこんだ村長が姿を見せた。村長ともなると威厳を保ってやたらニヤニヤすることはないが、それでも私たち親子に対する興味は隠しきれず、じっとこちらを見つめている。
村長が席に着くと、それが合図のように数人の女たちが紅茶を運んできた。
熱い茶をすすると、不思議な香りがした。
ガジュマルの木にそよぐ暑い風に混じって甘い香りが身体中に染み渡り、極楽にいるような気分になる。
一体何が入っているのかと訊くと、桃色の液が入った小瓶を女の一人がそそくさと持って来て、
「これです」と言って見せてくれた。
これは、すごい、すごい発見だ。
さっそく日本に帰ってみんなに教えてやろうと、数日後、意気込んでスンバワの町で二本ばかり買って持ち帰ったのだが。いざ日本で試してみると、人間が口にできる物ではなかった。
それでも、あの極楽の味が忘れられず一年あまり食器棚に転がしておいたのだが、結局、ゴミ箱行きとなった不思議な香りである。
私は村人たちの親近感を得るために、日本から背負って来た五目飯と赤飯の真空パック弁当を差し出すことにした。
実は私たち親子が食べるために、その日の朝、袋のまま二十分熱湯の中で煮てもらい用意したものだった。
ハンサムな青年はいらないと言うので、I氏を含む私たち四人が二袋をとり、あとの二袋は村人たちに回した。
男たちは不思議な物でも見るように覗き込んでから、ちょっと摘んで、それから回し食いをはじまた。
この時私は、彼らの様子から五目飯や赤飯が好きではないのだと受け取ったのだが、後で、実際にはそれが好きとか嫌いとかということではないと知った。
この村の人々は全て敬虔なイスラム教徒だったのである。
イスラム教徒は、豚肉を恐れるあまり、他人の食べ物、特に見知らぬ食べ物を口にすることはない。しかし、外来者がほとんど来ないこの島の人々の、未知のものを知りたいと言う欲望はかなり強く、戒律に従わねばならないとする理性を凌ぐほどだった、と言うのが本当のところだったのである。
頃合いをみて、村長に昔話を聞かせて欲しいと頼んでみたが、答えははっきりしなかった。
ここの人間はみんなスンバワ島からの移民だから年寄りはいない。だから知らないと言うのだ。
当てが外れたと言うより、突っ込んでみたところで越えられない垣根がでんと阻んでいて、それが何なのかさえも解らない自分のこの国に関する無知さに腹がたった。
どうにも仕方がない。こんなこともあるさ。これまでがうまくいきすぎたのだ。
「村の中を案内しましょう」
あご髭の男が不意に私の前に立った。
聞けばここの小学校の教師で、いずれここを出て日本にも行ってみたい、と顔を火照らせながらしわくしゃの紙と鉛筆を差し出した。
日本に行った時のために、私に名前と住所を書いてくれと言うのである。
あご髭の先生の案内で回った村は、村人たちの家、小屋、共同便所、学校などから成り、その周囲をパガールと呼ばれる竹の垣根が巡らされていた。
こういった形態の村の原形は、西暦五百年以前に血族的繋がりを持った家族共同体として存在し、自給自足の生活をしていたと言う。それが、ヒンズー人の到来によって、ある特定の場所に定住するようになり、村長を中心に一定の土地を共有し、かつ共同で労働をしながら生計を維持するようになったようだ。
その頃、いや、現在でもそうだが、人々の間では精霊信仰がさかんで、人間がその土地を耕作すると、その土地の霊と人間の間に特別な関係ができる。そして、同時に土地の霊はその人間の祖先の霊とも相結ぶ、と信じられている。
つまり、複数の人間が特定の土地を共有し、共同作業をすることは、すなわち、土地の霊を媒介として絶ち難い結びつきを持つことだったのである。
こうした集団の秩序を守る慣習法もまた精霊信仰がからんだものであったから、何世紀もの時を超えて「村落共同体」として存在し続けたのである。
それにもう一つ、この国の人々の外来のものに対する柔軟性がそれを手伝っていたのかもしれない。ここの人々は外から入って来た宗教をたわいなく受け入れ、自分たちなりに消化し抱え込んできたように思う。その証拠に、みんな、「俺はイスラム教徒だ」などと胸を張って言いながらも、決して精霊信仰がらみのタブーを犯すことはしないのである。
村長が昔話をしたがらない理由は、もしかしたら此処の慣習法に関係があるのかもしれない。しかし、だからといって、それが何なのかと執拗に迫ったところで、収穫の見込みはまるっきり期待出来ないことははっきりしていた。
私は黙ってあご髭先生の後をついて村をぶらりとまわり、それから帰路についた。
重い気持ちでムルトカリ川河口の船着き場に着いたのは、夕方近くだった。
I氏も白い血の王さまの墓が見たいというので、一旦アレックスの家まで戻り、手荷物などを置いてから一緒に行くことにした。
しかし、アレックスが何と言うか、あれほどI氏を毛嫌いしているのだから、「あの野郎が行くんだったら俺は行かない」などと言うのではないだろうか。
そう思うと、承諾したことを後悔した。
アレックスは案の定、I氏の姿を見るなり嫌悪感をむきだしにして、決して目を合わせて喋ろうとはしない。
それでも、私が恐る恐る墓に案内して欲しいと頼むと、ふたつ返事で引き受けてくれた。
墓は町の東方に位置している丘の上にある。
上り際に、涙岬の話をしてくれた古い宮殿の番人が、ちょうど家の前に立っていて、大声で話しかけてきた。
「奥さん、どこへ行くんだい?」
「白い血の王様の墓へ」
「何で俺に言ってくれないんだい。俺が案内してやるのに」
「いやあ、急に決まったから。また、頼むよ」
アレックスが優しい顔で返した。
そして、
「この町の人はみんな、奥さんが好きなんだよ。いい人だって」
と、わざとI氏の視線を無視して私に言った。
が、私は自分がI氏と立場が逆だったらと想像して、素直に喜ぶ気になれないでいた。
というのも、昨晩、自分たちの安否を明らかにしておく意味でバリ島の幸子に電話を入れておいたのだが、その時の彼女の言葉が頭をかすめていたのである。
「あんたねぇ、気をつけなさいよ。そこいらの人は血の気が多いって言うから。気に入ったらとことん尽くしてくれるらしいけど、気に障ることをしたら血をみるよ」
受話器のむこうから真実味を帯びた声が、接続があまり良くないせいか波のようにうねって響いてきた。
見ると、アレックスが頬杖をつきながら、私の喋っている意味の解らない日本語をニコニコしながら聞いている。
そんなアレックスから目をそむけ、天井を這いまわっている白いヤモリやトッケイの数を、私は必死に数えていたのだ。
私は凍るような気分でアレックスの後から馬糞をよけ、灌木にしがみつきながら小高い山ほどの丘に登った。
丘の上に立つと、モスクを中心にひしめきあっているちいさなスンバワブサール町が、夕日に染まって静かに息づいていた。
「これが王様の墓だ」
古い墓石ばかり順序よく並んでいる中から、町に面した丘の端にある広い平面の石を、アレックスが指さした。
他の墓に比べれば、垂直に立てられた石が平面になって、いくらか広いだけで、特別どうということもない気がした。
しゃがみこんでアレックスを仰ぐと、草を見ろという。I氏が後ろでうなった。他の墓の周りには草や灌木がぼうぼうと生えているが、確かにそこだけは枯れた草がチョボチョボと石の際にあるだけなのである。ただ、カンボジアという名前の木が一本、大人の手首ほどの大きさになって、墓を守るようにすっくと立って白い花を咲かせていた。
私は半信半疑でカメラのシャッターを押した。すると、アレックスは、
「ハハハハ、写真は写らないよ」
と、自信に満ちた口調でいいはなった。
そんな馬鹿なことがあってたまるか。私は腹の中でせせら笑いながら幾度となくシャッターをきりまくった。
ところが、実際日本に帰ってから現像してみると、アレックスの言葉どおり真っ黒で何も写っていなかったのである。科学的な根拠が何かある筈だと思うが、状況が状況だっただけにもう一度行って、写真を撮ってくる気にはなれないでいる。
うっすらと日が暮れかかっていた。
アレックスは慌てる様子もなく、ゆっくりと喋り出した。
「俺の親たちは、スラウェシュ島のウジュンパンダンからここへ来たんだ。お袋が子どもの頃、王様からもらった土地が沢山あった。そんな事いったところで今は時代が違うんだから・・・お袋は黒魔術が使える。親父が怒ってお袋に刀を向けたら、お袋はその刀を両手で挟んでポキポキしまったっていってた。ほら、俺のここを見ろ。」
アレックスは、差し出した右手間接の内側を左手で押して見せた。触れてみると、何か硬いものが感じられた。
I氏が私の肩越しに顔を突き出して
「お母さんは品のある顔をしていたから、そうかなと思っていましたよ。世が世なら王子様ってところですな」
日本語で口をはさんだ。
「お袋がフッと息を吹きかけて入れてくれたんだ。黒魔術は俺だって使える」
そう言ってアレックスは私の目を覗き込んだ。
夕闇の中で目だけギョロギョロしていて、ぞっとするほど怖いと思った。私は咄嗟に視線をそらせた。
そう言えば、五、六年も前のことだった。
バリ島の小さな村へ葬式を見物しに行った。友人と一緒の時だ。
彼女はひとりのみすぼらしい老婆を指して、
「あの婆さんは黒魔術を使うから決して触られるんじゃない。触られたら、腕がこんなに腫れちゃうんだから」
と、真剣な顔で、腫れるであろう腕の太さを両手で示した。
まさかと思った矢先に、まさかの事がおこった。
やはり見物に来ていた白人の男が、葬式の様子を撮るために禁じられているファミリーテンプルにズカズカ入り込んでシャッターを切りまくっていたのだが、突如として倒れ苦しみだしたのだ。
驚いたのはまわりにいた白人たちで、医者だ、担架だと喚き散らしていたが、介抱に駆けつけた村人たちはどこかさめていて、ファミリーテンプルに入った祟りだとか、老婆が黒魔術を使ったんだとか、陰でコソコソと口にしていた。
「さあ、帰ろうか」
アレックスがもとのチンピラ顔になって、立ち上がった。
私はほっとして、それにならった。
アレックスの家に戻ってみると、居間のソファーの上に置いた筈のI氏のスッポーツバッグが、入り口近くの床にゴミのように転がっていた。その光景から、小汚い物をこんなところに置きやがって、と蹴飛ばされでもしたであろうことが、一見して想像できた。
しかし、I氏は何も言わなかった。黙ってバッグを拾い上げ、
「この近くに宿はありませんか?」
とだけ訊いた。
「その先にある」
アレックスはそっけなくそう言って、暗闇を指さした。
トボトボと闇の中に消えていったI氏の後ろ姿は、胸がつまるほど物悲しく、私の心に焼き付いている。