インドネシアの昔話を求めて(七)

あくる日は、スンバワ島の西にあるスンバワブサールから東端の町、ビマまでバスで横断して向かう日だった。

 朝からせわしく、近所の人やアレックスの友だちが入れ替わり立ち代わり顔を出しては、

「また、いらっしゃいね」

と言って帰っていく。

 アレックスの弟と奥さんのイカも来た。

「奥さん、気を付けて。これをしていると危ない目にあわないから」

そう言ってイカは、私の腕にアカ―ルバカールという、海藻の黒い茎で蛇の形に作られた腕輪をはめてくれた。

 アレックスの奥さんは、子どもたちにと言って、チョコレート菓子をリュックに押し込んでいる。仁も邦子も、アレックスの子どもたちも、みんな落ち着かない様子でソファーの上で座ったり立ったりしながらふざけ合っている。

私はアレックスを部屋の片隅に呼び寄せた。 見知らぬ外国人の親子を五日間も食事つきで泊まらせたのだから、当然、謝礼をしなければならないと考えていた。

しかし、アレックスは、馬鹿でかい声で、

「ハハハハ、金をもらおうなんて思っちゃいないよ。スンバワの人間はみんなそうだ。気持ち、気持ちなんだ。わかるかい、奥さん。なぁ、ジン、ニコ、大きくなったらまた、来いよ」

「そうよ奥さん、気を付けて」

イカが言った。

「奥さん、よその土地の人間はずるいところがあるから、騙されたら駄目よ」

アレックスの奥さんが幾分低い声でささやいている。

みんな決して裕福な暮らしをしているわけではない。だてや酔狂で見知らぬ親子の面倒をみたのではあるまい。おそらく、心のどこかで私からの礼を期待していたであろうに。

私は、なぜかほっとした半面、ひどく重荷を背負わされたようで、憂鬱な気分でもあった。

バスが来た。

邦子と仁を先に乗せ、私が乗ろうとすると、

「もし何かあったら俺の名前を言え。奥さんや子どもたちに何かする奴がいたら、俺が行って、ぶっ飛ばしてやる」

そう言ってから、アレックスは私の背中をボンとたたいた。

目が熱くなった。私は胸が詰まって何も言えず、黙って頷いてから、前から二列目の窓際で目を赤くしている邦子のそばに座った。前にいる仁も、帽子を目深にかぶって俯いている。

バスが出てもしばらくは、何とも言えない寂しさがあった。と、同時にとてつもなく心細かった。この道を行ったところで、昔話を聞かせて貰える保証などどこにもないのだ。いっそのこと、「やめた!」と怒鳴って引き返してしまおうか。そうしたらどんなに気が楽になれるかしれない。

二つ目の停留所ラペあたりまで、そんなことばかり考えていた。


      

                 

    - バスの後ろを走るトラック-

 

オランダの植民地時代に作られたというこの道は、スンバワ島の西と東を結ぶ幹線道路で、生活の糧を産む重要な輸送手段にもなっている。

停留所でドアが開けられると、赤ん坊を抱いた女、袋を担いだ男、生きた鶏を小脇に抱えた娘などが一斉になだれ込んできて、あっという間にバスは満杯になった。

車内は、汗と体臭、それに持ち込まれた荷物が放つ臭いが混然と融和し、頭の芯がおかしくなる異臭となって漂っている。そして、車上も、麻袋に入った大きい荷物が満載されていた。

だからといって、運転手も男の車掌も、次の停留所で待っている客と荷物を拒否するなんて薄情なことはしない。来るものは拒まず、どんどん乗せてしまう。しまいに、この肝っ玉バスは、車上の山のような荷と人間を積み、明け放されたドアからはみ出したまま幾重にも重なり合ってふんばっている男たちの黒い体を揺らしながら、ヨタヨタと走りつづけるのである。

平地だけならもだしも、ガードレールもない山道を下る恐ろしさといったら筆舌尽くし難いところがある。

あいにく邦子と席替えをして窓際に座っていた私は、恐怖のあまり髪の毛を逆立て、身をよじって邦子にしがみついていた。

このままバスごと谷底へ転落し、日本の新聞に、“バス転落・・・”いや、そうじゃない、“哀れ!インドネシア旅行中バス転落、日本人親子死亡”などと三面記事の隅に載るのだろう。

そんな縁起でもないことが頭をよぎった。

その時バスが急ブレーキをかけて止まった。やっぱり、と思った。運転手と車掌が運転手席の横についているドアーから飛び出してった。次いで仁も血相を変えて出ていった。

車上に乗っていた客が落ちて轢かれたに違いない。そんな光景を仁が見たら大変だ。

私は窓から身を乗り出して、辺りかまわず大声で仁の名前を呼んだ。しかし、何の返事もない。見下ろせば、目がくらむような谷底である。

私は極度の高度恐怖症なので、身動きすら出来ずに気をもんでいると、仁が頬を紅潮させてひょっこりもどってきた。

「お母さん、すげぇぜ。でっかいコモドオオトカゲが道を渡っていたんだ。見に行ったら逃げ出して、ほら、そこの下の方へゴロゴロ転がっていった。すげぇなあ。運転手のおじさんが教えてくれたんだよ」

仁は興奮して、いつまでも谷底を眺めていた。

私は胸をなでおろし、慌てて谷底へ落ちていったオオトカゲの愛嬌のある恰好を想像していた。

         - ビマの町とドッカルと呼ばれる馬車 ー

 

出発してから七時間あまりたって、バスはやっとスンバワ島の東最大の町、ビマに入った。

車窓から見る限り、町は活気がなく、道端には馬糞がころがっている。おそらく、車の数より馬車の数の方が多いから

だろう。

バスの運転手は、終点で客を降ろしてしまうと、そのまま私たちだけを乗せて、宿屋は立ち並ぶ路地近くまで走ってくれた。

降りるとすぐに、“宿屋 虹”と記されたけばけばしい看板が目にとまった。胡散臭い宿屋に思えたが、ああだこうだと訊き回る気力もなかったので、ともかく入ってみることにした。

突き当りのカウンターに、かなり禿げ上がったここの主が愛想なく座っていた。

「部屋は空いているさ。一泊ツインで五千ルピア。トイレ風呂付だ」

五千ルピアというと、日本円にして約三百八十円。まさに驚異的な値段だ。

日々倹約して暮らしている主婦の大半は、安いとなると猛烈に突進していく習性がある。牛のごとくである。もはや、部屋が汚いなんて目じゃない。ゴキブリ、蚊、そんなものはどこにだっている。蚊取線香の煙で追っ払えばなんてことはない。

スンバワブサールを発った時の、あの情けない心境は、一変して安い旅をしてやるという闘志に変わっていた。

そうなると、子どもというものは不思議なものだ。肉体が別個であるにもかかわらず、見えない糸で繋がっているかのごとく、親の気持ちが子どもにうつるのである。

「仁兄ちゃんはあっちのベッド。あたしとお母さんはこっちのベッドね」

「いいねぇ、このベッド。高いし、堅いし」

 仁も邦子も、さっそくベッドに横たわって足をバタバタさせている。 




      

       ー ”お化け鳥”と呼ばれている”フクロウ” ー

 

 事務所が閉まらないうちに、明日向かうティモール島行きのチケットを買わねばならない。予約はすでにスンバワブサールで済ませていた。この国では暑い気候のせいで、三時に事務所が引けてしまうのである。

 メルパティ航空の事務所は、宿屋から数キロの所にあった。

 カウンターで名前を書いた紙を渡してからしばらく待っていると、奥の部屋から職員がひとり近づいてきた。

「奥さん、無線が入っているんですが」

「えっ、私に?」

 不意をうたれて私はどぎまぎした。

「ええ、スンバワブサールからです。無事に着いたかと訊いてきているんです」

「じゃあ、無事に着いたから有難う、と伝えてください」

 職員は頷いてからそそくさと入っていった。そして、しばらくして、また顔を出した。

「あのぉ、直接奥さんと話したいといっています。さあ、どうぞ、どうぞ」

 職員に勧められるまま無線室に入ってはみたものの、無線など生まれてこの方触ったことがない。それに、ラジオの持ち込みを禁止しているこの国で、電波を私用で使っていいものなのだろうかと戸惑っている私の手に、職員は受話器を握らせた。

「ハ、ハロー」

「ハロー、奥さん。私メルパティ航空の職員。覚えていますか? 

アレックスが無事に着いたかどうか心配しています。ジン、ニコ、元気ですか?どうぞ」

 底抜けに明るく弾んだ若い男の声が響いてきた。

「ありがとう。元気です。アレックスの家族に、そしてスンバワブサールのみなさんによろしく。ありがとう。また、会いましょう」

 体中を熱い血が勢いよく駆け巡っているのがわかった。

 無線室を出ても、興奮はいっこうにおさまらず、宙に浮いているようで力が入らなかった。

 年を重ねるごとに自分の中から消さざるを得ないもの、或いはそうすることが生きる術だと信じて心の端においやってきたものが、ここでは凛然といきていたのである。

 もし、私が、逆の立場だったら、果たしてどれだけのことができるだろう。ここのひとたちの半分、いや、五分の一も出来れば上出来というところだろう。