インドネシアの昔話を求めて(十三)

日本に戻っても、私の胸の中で高まっている興奮はいっこうにおさまらず、何をしていても、まだ見ぬライジュア島を想像したり、石投げ合戦と日本の豆まきとの関連を考えてみたりする日が続いていた。

  それが、他人の目には、まるで私がバリ島あたりの男に溺れてボォーッとしているかに映っていたようだった。私にしてみたら男が島に変わっただけのことで、溺れているのには違いないのだから、それならそれでもかまわない、と思っていた。

  そして、次の年の七月、私は再び、友人の順子と、サウ島とライジュア島へ向けて飛び立つこととなった。

  友人の順子は、バリ島に住んでいる幸子の友人でもある。

    その彼女が、近年体調をくずし、床にふして暗い気分で日々を過ごしていると風のたよりで知った幸子が、私に順子をバリ島でのんびりさせてあげたら気分も変わるのではないか、ぜひ誘ってやって欲しい、と電話で言ってきたのだ。

順子と同行するのはバリ島までの約束だった。だが、バリ島に着くと、順子はまるで駄々をこねる子どものように、頑として、私について行く、と言い張ったのである。

  こんなでかいお荷物をかかえることになったら、私のライジュア島行きはどうなるか分かったものじゃない。それでなくとも、島の慣習法を犯しているのではないかと、神経をとがらせることが多いのだから。

  私はかなりムッとして、順子に向かって一緒に行けない理由をきっぱりと述べたつもりだった。

  しかし、順子はねっとりとしぶとく、

「決してあなたの邪魔はしないから。お願い、お願いだから連れてって」と、どこかで聞いたふうな台詞ですがってきた。

  私と順子だけの会話なら、私はパアーンとつきはなして去ってしまうのだが、そこに、幸子が巨体を揺さぶりながら洋子の助人に入ったのだ。

「いいじゃないの、連れていってあげなさいよ。本人がその気なんだから病気だって大丈夫よ」

  その一言で、万人の味方を得たような顔でニタニタしている順子を尻目に、私はしぶしぶ、サウ島まで同行してもいいと承知せざるを得なくなった。これが、私にとって不運の旅のはじまりだったのである。

  バリ島からティモール島のクパンに渡り、あくる日、そこの空港の待合室でサウ島行きの飛行機を待っているあたりから、順子はしだいに口数がへり、プカプカと煙草ばかり吸いだした。

  私は内心、しめしめこれで順子ともサウ島で離れられると、順子の変化を喜んでいた。やはり、都会に生まれ育った者には、バリ島から東の島々に渡るのは無理なのだ。これでもう私について来るなどと言わなくなるだろう。私は高をくくっていた。こうして、私は一年ぶりにまたサウ島の土を踏んだのである。

  出迎えに出てくれたファイサルの、例の家畜運搬用のトラックに乗って宿屋に着くと、宿屋の旦那とおかみさんが、

「奥さん、よく来たね。あたしゃ、あんたをあたしの娘だと思っているんだよ。よく来たね。ジンとニコは元気かい?」

「ああ、よく来た。部屋は去年と同じ部屋にしといたからね。」

  そう言って、息がつまるほど強く私を抱きしめた。

  間もなく、チィチィとチィチィの兄で、小学校の教師をしているパグルが顔を出した。その後ろからパグルの奥さんと子ども、そして、表通りには、顔もあまり覚えていない人たちが笑顔で立っていた。

  去年とはまるっきり違う島の人たちの私への対応に、私は戸惑うばかりだった。

  そして、一番驚かされたのは、パラドの私に対する変わりようだった。

  荷物を部屋に運び入れてから、宿屋の店先の椅子で涼をとっていると、遠くのほうから腰にサロン(布)を巻いた男が近づいて来るのが目に入った。

両脇にふたりの女を従えてにっこりと微笑んでいる。

  よく見ると、あの頑固で無愛想で、口の重かったパラドなのである。それは、私の見間違いではないかと思えるほどにこやかなパラドだった。

「スラマット  シアン  ブー(こんにちは、奥さん)」

「スラマット  シアン、パ、パラド?」

  私が訝しげに訊くと、パラドは、

「いやあ、手紙をもらっとったもんで、イブが来ているかなあと思って来てみたんじゃ。ライジュア島は、明日行くのかね?  パグルとかね?」

と、いくらか少年のような恥じらいを含ませたやさしい顔で、私の前に立った。その陰に、およそ五十近いふたりの女が寄り添うように立っている。

「ええ、明日。チィチィとパグルと」

  私はそう言いながらパラドと、その陰に陽炎のように立っているふたりの女たちに、腰を掛けるように空いている椅子をすすめた。しかし、パラドが座っても、女たちは恥ずかしそうに頬を染め、体をよじりながら椅子に座ろうとしないのである。

「この女のひとは誰なの?  何故座らないの?  ここに座るのが嫌なの?」

パラドにずけずけと訊いてみた。

「いやぁ、奥さん、このふたりはわしの家内なんじゃ。遠慮しとるんじゃ」

「えっ!  ふたりとも!」

「まあ、そうなんじゃ」

  パラドは赤らんだ顔を隠すようにいくらかうつむき、両肘を椅子の肘掛けに掛けたまま腰をずらした。

  意外だった。どうみても、パラドが、奥さんを何人も持つようなタイプの男には思えなかったのである。

「じゃから、わしはふたりの女を食わせるのに、結構大変なんじゃ。こっちはなあ、」

  パラドはそこまで言って、背の低い丸ポチャの女を差し、それから、その女と背の高い女に向かって、

「お前も、お前も座れ」

とうながし、また話をもとに戻した。

「こっちはなあ、すぐそこに住んどるんじゃが、あっちはなあ、リアエにいるんじゃ。一週間はこっちにいて、つぎの一週間はあっちと、まあ、そんなとこじゃ」

  いっぽう、座るようにうながされた彼女たちは、私がやれと言われてもできないような仕種で、つまり、とまどいながら恥ずかしそうに、見られていることを完全に意識して色っぽく腰をおろして、なお、口に手をあてたり離したりしながらニコニコしていた。  男というものは、ふたりの女を同時に愛せるものなのか、また、女どうしはたがいに嫉妬し合わないのか、私は不思議でならなかった。

「けんかしないんですか?」

私が彼女たちに訊いても、ただニコニコと笑ってばかりいる。どうも何かすっきりしない。そこで、ふんふん、と鼻を鳴らしながら場をもたせていると、パラドが口をはさんだ。

「イブ、それはこうなんじゃ、ふたり以上妻をもつ場合は、男は女に対してすべて平等にしなければいかんことになっとるんじゃ。女のほうも互いに認めあって、協力しないといかんとね。だからわしは、女を大事にしとる。織物なんてやらせたら、女たちよりわしのほうがうまいもんさ」

  パラドはそう言って、ククククッと笑いをこらえている。ふたりの女たちも、口に手を添えてうつむきながら笑っている。

  そこで私は、

「パラド、私はどう?  三番目の奥さんに」

と、でてみた。丸ぽちゃの女は一瞬ハッとした様子だったが、それでも相変わらずにこやかさは保っていた。なかなかである。パラドはそんな彼女の心の動きをくみとった様子はなく、また顔面の筋肉をたるませて、

「まあ、奥さんがいいと言うなら、考えてもいいがね」

  男というものは、万国共通だ。私は彼女たちの顔色をうかがいながら最後のとどめをさした。

「パラド、私ってお金かかるわよ。美味しいものは食べたいし、いい着るものもほしいし、四番目の女つくったら、パラドのこと殺すかも」

  すると、

「だめ、だめじゃ。わしはもう、いい」

  パラドは私の言葉を追い払うように手首を振っている。と、同時に彼女の笑顔がパッと明るくなったのを、私は見逃さなかった。

「パラドって幸せね。奥さんがふたりもいて」

「いやぁ、奥さん、まいったなあ。ハハハハハ」

と、パラドは紅い顔をして笑っていた。

  一年後のパラドは、恥じらいやおどけを捨てることなく年をとった大人の顔でわたしの前にいた。

  その後しばらく喋ってから、三人はまた、和やかな雰囲気で表通りを歩いて帰っていった。



           

     

          

パ・ラド、チチ と共に