インドネシアの昔話を求めて (十五の後半)

 事が静まって暇になった昼頃、老人が来るからとパグルが言った。

パグルは、私がクティタに向かう前に入道雲の旦那に頼み込んで、この島の長老のひとりである老人から昔話を聞かせて貰う段取りをつけてくれていたのである。

 入道雲の旦那の家の前に1本の木があった。

その木陰にゴザを敷いて、椅子を2脚それにテーブルが一つ用意された。




 万事整ったところに、70才くらいの厳めしい顔をした老人が現れた。

「ここの歴史話じゃが、いいかの?」

 老人は用意した椅子には座らず、ゴザの上にあぐらをかいた。

 パグルと島の男数人がその背後を囲むように座り、老人の一挙手一動を見守っている。その斜め向かいに座っていたオクタは真剣な面持ちで鉛筆を握りしめ、開いたノートを見詰めていた。滅多に聞けない島の話を自分なりに記録しておきたいと考えているようだった。

「ええ、結構です、お願いします」

 厳粛な雰囲気の中で私はかなり緊張していた。

そして、テープレコーダーのスイッチを入れようとした時、突然老人が怒鳴った。

「子供らはあっちへ行け!」

竹を突き刺した垣根に寄りかかって大人の話を聞いていた子供たちは追い立てられ、蜘蛛の子を散らすように何処かへ消えて行った。

「何故子供は駄目なんですか?」

 昔話はどちらかというと子供に聞かせる話とばかり思っていた私には、老人の態度にまったく納得がいかなかった。

「11才になっていない子供には聞かせてはならんのじゃ」

「何故ですか?」

「慣習法でそう決まっておる」

 私はこれまでの旅で何か越えられない垣根のようなものを心の中で感じながら民話を

聞いてきたのだが、この時初めてその謎が解き明かされた気がした。

そして、さらに老人は、

「おとぎ話とか、子供話はいいんじゃが、歴史話と慣習法に関わっとる話はちんこい子供には聞かせられん」

 おとぎ話はその土地の慣習法や歴史に関係のない話という事で理解できるのだが、子供話とはどんなものを指しているのであろうか。

私の疑問のパグルが説明を加えた。

「子供話というのは、滑稽話の事だよ。」どうでもいいような話さ」

私は思わず唸ってしまった。」

 島の人々は昔話をただ単なる遺物として残しているのではなく、昔話とともに生きているのである。つまり、慣習法や歴史話に登場してくる神や人、それに場所は聖なる神であり、聖なる人であり、聖なる地であって、人々の生活を精神面で支え続けている。だから、話をするにあたっては、聖なるものの祟りを恐れ、怒りをかわないように自分達の命の糧である生贄をささげる必要があるのだ。

無論今回も、私は生贄料として日本円で千円ほど支払っていた。

サウ島と同じで、鶏、羊、山羊、あるいは牛を、その話をする場にいる殺している筈である。

 老人の話が始まった。始まってから三十分ほどたった頃、私はテープレコーダーの様子を確認した。

すると、テープの回り具合がおかしい。老人に話を中断してもらい、調べてみると、電池が切れかかっていた。

慌てて電池交換をして、

「もう一度お願いします」

私が言うと、老人はただ黙って首を横に振るのである。

慌てていたので何か変な事を喋ったのかと思い、私はもう一度、「お願いします!」

と言ってみた。しかし、老人はまたも首を横に振った。そして、

「駄目じゃ、そんな事をしたらわしの寿命が縮まる」

そう言って目をつぶっている。

 何とかならないか。

私は焦っていた。何しろこの為に1年かけて金と時を工面してきたのだ。

「今日駄目でしたら、何時なら話して頂けますか?」

明日になれば話して貰えるのではないかという微かな期待をかけて、私は迫った。

「月が変わらんと駄目じゃ」

絶望的だった。

 老人は切実な私の願いをすげなく断ると、スタスタと山の方へ帰ってしまった。

取り残された私は、つくづく昔話を聞かせていただく自分の取り組み方の甘さを噛みしめていた。テープレコーダーを2台用意して置きさえすればこんな事事にはならなかったのである。小学生の子供でさえ、それぐらいの事は予想を付け、準備するであろうに。そう思うと残念で仕方がなかった。

 しかし、捨てる神があれば拾う神ありとは、うまく言ったものである。

昼過ぎ、入道雲の旦那の家で真空パックの五目飯を食べていると、パジョンソンがやって来た。

私が昔話を聞かせて貰えなかった事情を愚痴ると、

「俺の話で良かったら、話してやってもいい。子供の頃年寄りから聞いた話だが」

とポロっと言った。

 私はさっそく、テープレコーダーを念入りにセットした。

そばにいたチィチィも更に録音出来るかどうかをチェックする。

「ただいまマイクのテスト中、ただいまマイクのテスト中」

テープレコーダーから確かにチィチィの声が流れてくる。チィチィが頷いてから私は録音スイッチを押した。

パジヨンソンは背筋を伸ばし、記者会見をする有名人かのように昔話を語り出した。

 

    ブギス人と中国人と日本人の祖先は一つ

むかし、むかし。

スラウェシィ島に スエリガディンという 娘が いた。

娘は そこの しきたりで 生まれてから ずうっと 大人になるまで 親たち以外の

誰にも見られないように 屋根裏部屋で ひっそりと 暮らしていたそうだ。

 ところがある日 一番年上の弟が 屋根裏部屋に いる 娘を見て 一目で 惚れて

しうまった。姉とも 知らずにな。

 そして 親たちに 屋根裏部屋に いる 娘と いっしょに なりたいと 言った。

 ところが 親たちは うんと 言わない。そりゃそうだ、姉弟だからな。

それでも 弟は いっしょに させてくれと 親たちに 三べんも 四へんも 頼んだんだと。いくら 頼んでも 親たちは うんと 言わない。しびれきらした 弟は 娘のところへ 出掛けて 行って 俺と いっしょに なってくれ、と言ったんだと。

 すると姉は わたしは あなたとは

 いっしょに なれません。わたしと あなたは 姉弟なのです。あなたが 生まれる ずうっと 前に わたしは 生まれ ここに 住んでいるのです と云うんだな。 それから こうも言う。

 あなたと いっしょに なる人は 中国という 国に 住んでいる 人です とな。

 弟は それでも あきらめきれないんで 何で 俺を そこに 行かせたいんだ? と 訊いて みたんだ。

 すると姉は その人は わたしのように 霊力の ある人で わたしに そっくりです。でも そこに 行くには 川のそばに ある スウエリガディンという 名前の 木を 切って それで 作った 舟に 乗って 行かねばなりません と言うんだと。

 それから姉は 弟を 連れて 川の そばに ある スウエリガディンの 木の ところへ 行ったんだ。もう 娘の スウエリガディンは 大人に なっていたからな。

 ところが 弟は その木を きり倒そうと 斧を 振り上げた時 この女 俺が 倒れてくる 木に あたって 死ぬように 仕組んで いるんでねぇか と腹の中で 疑った。 それで 頭に 血が のぼって 姉に 向かって 斧を 叩きつけたんだと。

 その斧を 姉のスウエリガディンは 黙って 拾って スウエリガディンの 木に 斧を 振るったんだ。

 木は たったの 一振りで みごとに 切り倒され 川の 中へ ザブゥンと

沈んで しまった。

 すると まもなく 潮が ザァ-と 満ちて来て 川の 中へ 入って 来たんだ。

そしたら 沈んだ筈の 木が 立派な 舟になって 浮かび上がって きた。 でっかいもの じゃないが しっかりした 立派なもんだ。 小枝は なくなっとる。 

ちゃんとした 舟だ。だからな ブギス族の先祖は 舟作りって いうことだ。それも

女だって事だ。

 たまげた 弟は 姉に 言われたとおりに 姉そっくりの 女を 捜しに 中国へ 向かって 出掛けたんだと。

 海を 渡って 川に入って 四日たつと きれいな 女たちが 水を 汲んでいた。

そこで 弟は 訊いてみたんだ。

「おおい あねさん 誰の 水を 汲んでいるんだい?」 とな。

「わたし達の 姫さまのです」

「あんたたちの 姫さまは 美人かい?」

「ええ とても 美しい方です。 お兄さんと 瓜ふたつで 美しいわ」

「髪の 毛は どのくらい 長いんだい?」

「両手を いっぱいに 広げた 長さに 腕1本の 長さを たしたほどです」

 姉の 髪の毛の 長さと 違うので 弟は どんどん 舟を 漕ぎつづけたんだと。

 しばらくいくと また 女たちが 賑やかに 水を 汲んでいた。

そこで 弟は きいてみた。

「おおい あねさん 誰の 水を くんで いるんだい?」

「わたしたちの 姫さまよ」

「姫さまは 美人なのかい?」

「ええ 美しいわ お兄さんと 瓜ふたつで 美しいわ」

「髪の 毛は 長いにかい?」

「ええ 両手を いっぱいに 広げた 長さに 腕二本の 長さを 足したほどです」

 姉の 髪の毛の 長さと 違うので 弟は さらに どんどん どんどん 舟を 漕ぎ続けたんだと。まあそうやって 何べんも 何べんも きいて 舟を 漕いでいった というわけだが 面倒だから ここで 省略しとくよ。

 そのうち また 弟は 水を 汲んでいる 召使の 女たちに 出逢った。 それで

訊いて みたんだ。姫さまは 美人かい とな。

「そりゃあ 美しいわよ。お兄さんと 瓜ふたつで 美しいわ」

「髪の 毛は どのくらい 長いんだい?」

「両手を いっぱい 七回広げ それに 腕の 長さを 七回たして 手の 指を いっぱいに 広げた 長さを 七回たし 親指の 長さを 七回たし 親指から 肘までの 長さを 七回たし 爪の 長さを 七回たし そして 爪の 半月を 七回足しただけ 長いわ。それに 顔には ほくろが 七つ あるんです」

 召使の 言う 姫さまは 姉に そっくりだった。

そこで 弟は 召使に 手伝って もらって 舟を 陸へ 上げたんだと。

 浜辺から 帰った 召使たちは 弟の 話を 姫さまに 話したんだ。

「強そうな 男が 舟で やってきて 姫さまの ことを 聞くんです。姫さまは 美しいかなどと。ですから 美しいと 申しました。 すると次に 姫さまの 髪は 長いかと 聞いてきました。長いと 申しました。姫さまの お姿そのままを 話して

やりました」とな。

「その男は どこ?」

「浜辺だと 思います」

 姫さまに 言われて 召使いたちが 男を 探しに 浜辺へ 行ったんだが 男は いない。 そりゃあ 見つけられないよ。 男は 魔力で 年寄りに なって 手に 指輪と 金で 編んだ 篭を 持って 歩いて いたからな。 

 年寄りが ずんずん 歩いて 行くと 姫さまの 家の 前に さしかかった。

この時 姫さまが 声を かけた。

「ああ そこの お年寄り こちらへ 来て その 篭を 見せて くださらない?」

とな。

 そして その 篭を 開けて みると 中に 一本の 長い 髪の毛が 入って いた。あまりに 長いので 姫さまは その 髪の毛を 自分の 髪の毛に あわせて みたんだと。すると 同じ 長さだった。

次に 指輪を 手に とってみた。 すると 不思議な ことに 姫さまの 指輪と そっくり だった。 あんまり 不思議な もんで 姫さまは その 指輪が 欲しくなったんだ。

そして

「この 指輪 売って くださらない?」

と きいたそうだ。

ところが 年寄りは 指輪は 売れないが 篭は 売っても いい と言ったんだと。

そこで 姫さまは 篭を 売って もらったそうだ。

それから 姫さまは 年寄りと 世間話を しているうちに 泊まる所もない 年寄りが 何とも 気の毒に 思えてきてな 年寄りに 自分の家に 泊まるように すすめたんだ。

 そして そのまんま 年寄りに なっている 弟は 姫さまと 暮らすように なったってわけだ。

 やがて そうやって 暮らして いるうちに そりゃあ なって言っても 男と女だ。 だんだん 親しく なって 姫さまと 年寄りは 離れられん仲に なった。

そうなると 年寄りは 姫さまの 前では 魔力が きかなくなる。ずっと 若者の

ままで いたそうだ。

そうして 姫さまが 年寄りの 子どもを 身籠ったんだと。

 ところが  しばらくたつと その事が 噂に なってな 王様の 耳に 入ったんだと。 

 王さまは すぐに 姫さまを 連れ戻すよう 家来に 命令したんだと。そして

とうとう しまいには 姫さまは 赤ん坊を 生んで 川のそばに ある 小屋に

隠れていたのを 見つけられて しまったんだ。

 王さまは それは もう かんかんに 怒って 赤ん坊を 川へ 投げ込んで しまったんだ。 

 投げ込まれた 赤ん坊は どんどんどんどん 流れていく。 流れていくうちに 雷魚に 吞み込まれて しまったんだ。

 ところが 川で 釣りを していた 姫さまが その 魚を 釣り上げたんだと。釣り上げられた 魚は 苦しがって バタバタ する。すると 魚の口から 赤ん坊が

ポロリと 飛び出して きた。

 見ると いなくなった 自分の 赤ん坊だ。

赤ん坊は 腹すかして 火が ついたように 泣いて いた。

そこへ ちょうど うまい具合に 赤ん坊を 亡くしたばかりの 日本人の 夫婦が

通りかかったんだと。

 おかみさんは 赤ン坊の 泣き声を 聞くと たまらなくなって 赤ん坊を 抱き上げ 乳を やった。

 それを 見た 姫さまは こう 言ったそうだ。

 わたしは 訳あって この 子を 育てられません。 どうか わたしの 代わりに

この子を 育てて ください。 名前は ランガリゴです とな。

こうして 赤ん坊は 日本へ 連れて 行かれちゃんだと。

 一方 姫さまは しばらく たってから こっそりと 弟と 一緒に スラウエシィ島へ 向かった そうだ。

 ところがだ その 旅の 途中で 姫さまは 悪霊に とりつかれて 殺されて しまったんだ。 悪霊が 姫さまに なりすまし スラウエシィ島まで ついて 行った んじゃ。

 それに 気づいた 弟は スラウェシィ島に 着くと すぐに 姿を 消して しまったんだと。

 

スラウェシィ島のブロ岬には、スウエリガディンの墓があります。

日本人の先祖は魚の腹の中にいたので、日本人は魚を釣るのが上手い。スラウェシィ島のブギス族は、舟を作るのが上手い。

これで終わり。

                話し手 パジョンソン 1988年 

 パジョンソンは、話し終わると

「ちょっと、 行ってくる。すぐに戻って舟を出すからな」

そう言って、さっさと3番目の若い奥さんの家へ帰って行った。